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夢は夢のまま

教科書もマニュアルもない人生という学校で、共に学び、支え合い、卒業を目指すためのブログ。

生きていく強さ

自分のこと

ここのところ、母が不眠を訴えている。
以前から薬を飲まないと寝れない状態なのだが、何か原因があるのかもしれないと考えていたら少し前のやり取りを思い出した。


私:「何で眠れないの?気温の変化かな?」

母:「○○(←私の名前)の仕事のこととか色々考えちゃうんだよ…」

私:「……。」




「ゴメンなさーーーーい!」


いつまでも定まらぬ娘の行く末が、少なからず母の不眠に影響してるとは何ともいたたまれない。
仕事は転々としてるし、結婚もしてないし…。



よくTVのドキュメンタリーとかでやっているが、母子家庭で育った子は早く自立してバリバリ働いたり独立しているイメージがある。
そういう人に比べれば自分はかなり依存しているのだろう。


何をもって自立と呼べるか分からないけれど、
この世のどこかに「自分の居場所」ではないが、自分の能力と周りが求めるニーズが合う仕事があって、その中で自分の存在価値を認めることが出来れば少しは安心してもらえる気がする。

その場所とやらが簡単に見つかれば、こんなに苦しくはないだろうし、心配をかけることもないだろうに。



母はどちらかというと私に対しては、「魚の取り方を教える」よりも「魚を取ってきて与える」ような
育て方だったので、もっと若いうちにあれこれ経験して大いに失敗しておけばよかったと思っている。


育てるといえば小学生の時、課題でアゲハ蝶を育てたことがあった。

私は虫全般ダメだし、母は私なんかより毛虫とかああいうタイプの虫が大大大の苦手で、「何て課題出したんだ!」と家の中で猛抗議していた。

虫自体も自分で探してこなければならず、当時よく遊びに行っていた友人の家にちょうどみかんの木があって、探したらちょうど虫もいて、(ぎゃーー!)
連れて帰ってからもよく葉っぱを取らせてもらいに行っていた。

恐々とベランダの虫かごで飼っていたけど、見る度違った姿になっていて「わぉ」と思った。
ある日虫かごが騒がしいと思って見に行ったら、羽もつ姿になっていて窮屈そうに飛び回っていた。

最後は校庭から皆で一斉に空へ放したのだが、
「一つ責任を果たしたなぁ~」という安堵感と、「あ~ぁ、行ってしまったなぁ」という寂しさが残った。

時より思い出すのは、私がエサを取りに行っていたのでちゃんと食べれてるかしら~と心配したり。


あまり器用に振る舞えないことで大いに損したり、嫌な目にいっぱいあってボロボロになっている日々だが、何とか不時着出来る場所を探している。