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夢は夢のまま

教科書もマニュアルもない人生という学校で、共に学び、支え合い、卒業を目指すためのブログ。

試される人間

仕事について

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先日とある採用試験を受けた。
何十人と集められていたが、この中で次へ進めるのは数人だろう。

決められた時間にこなす大量の計算問題に意味を見いだせなくても、多くの候補者を振り落とすためには仕方ない。



あらゆる方法の試験を受けていると、出荷前の「製品実験」をされている気分になる。

「弾かれた製品」はただ捨てられるだけだし、自分が「ダメなやつ」と感じる心がないから羨ましい。
「弾かれた人間」は、「ダメなやつ」という心理的ダメージを背負ってそれでも生きていくしかない。



就職活動をしていると「自分の能力の限界」が見えてくる。
どうしても、何が得意か、何がしたいか、どういう実績を残してきたか、を「要領よく」伝えられる人がどこへ行っても得をする。


世の中には色々なタイプがいて、外向的な人間もいれば内向的な人間もいる。

それでも内向的な性格を活かせる仕事の方が少ないから、仕事に就けなかったり、合わない仕事をしてすぐに辞めてしまう人もいる。
それなのに、内向的な人間を「ダメなやつ」と思わせる雰囲気が社会にはある。


外向的な人は、自分の性格を変えるよう迫られる状況になることは少ないが、内向的な人は自分らしく生きていると損ばかりする。


「要領がいい」人が少ない労力で済ませてしまうことにも、「あれがいいのか」「もしかしたらこれはダメかもしれない」と悩みすぎて前に進めなくなってしまう。

「要領がいい」人にしてみれば、努力の仕方とか努力の矛先が違ってるのかもしれないが、「要領のよくない」人はどうしていいのか分からず途方に暮れながらも、何とか道を探していくしかない。



これからの時代は人工知能の活用が色々な分野に及んでくるだろう。
ますます「要領のよさ」が重要視され、「要領のよくない」人が排除されていくのではないかと思っている。

でも「要領のよさ」において人間は人工知能に負けるのではないか。
仕事で求められる「細やかな気配り」は、「多くの情報」からその場に合った対応を「瞬時に」求められることである。




私は自分自身が「要領のよくない」人間で、何事も自爆していることが多いので、そういう人を見つけたら心配になるし、応援もしたくなる。

ここ最近、毎日「生きてるのが辛い」という日々を送っている。
それなのに試験帰りの電車の窓から見えた景色に「死にたくない」って思えたのが不思議だった。



「こんなに空って広かったっけ。」




人間って結構「曖昧」で「いい加減」で「予測不能」だ。
計画通りにいかないからこそ、それが「人間」であり、それが面白いところでもあるはずだ。

こんな自分でも「よい」と思ってくれる人や場所に力を注ぎたいし、もしそういう居場所が得られたら、将来他の人のためにもそういう居場所を作れたら理想的だ。