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夢は夢のまま

教科書もマニュアルもない人生という学校で、共に学び、支え合い、卒業を目指すためのブログ。

無職逃迷

昨今いじめ自殺や過労自殺が話題になりました。
その度に人には「逃げ道」が必要だと思わされます。


私の母はどちらかというと私に「逃げ道」を与えるようなことはしませんでした。
母は私よりかなりの負けず嫌いで、「逃げ」=「負け」というのがあるからだと思います。


私は学生時代にいじめにあったり孤立することが何度もありました。
それでも転校するとか不登校になるという選択肢はありませんでした。

だから学校に行っている間は感情を失ったように、目立たず、たんたんとカリキュラムをこなし、ただ卒業することだけを目指しました。


私には幸い漫画や日記がありました。
現実に居場所がなくても、人にぶつけられない思いをそこに書きなぐっておりました。
この「逃げ道」がなかったら今まで生きてこれなかったのではないかと思います。


職業選択の時も、母は私に安定職を勧めました。


労働環境の問題が叫ばれている昨今ですが、それでなくとも
「子供には安定した職業に就いて欲しい」
と思う親は多いのではないかと思います。

私の兄は学卒後は比較的安定した仕事をずっとしております。
兄の適性を考えれば、その選択は間違いではなかったと妹の私も思っております。
本人も「よかった」と話していたので、親と衝突することはあまりないのです。


私といえば、親の期待にも添えず、かといって自分の望んだ職業に就いているわけでもなく、中途半端な自分にしばらく苦しんだりしました。

仕事を渡り歩いている中で、苦しい思いも沢山しました。
けれど、多忙な中でも新人に多くの仕事を叩き込まないといけない上司が話す子育ての苦労話だとか、働きながら休みはバンド活動に生き甲斐を見出だしている同僚だとか、色々な「働く」のあり方があることを知りました。


漫画を描くことは私の生き甲斐です。
でもそれだけでは生活できないのです。

自分の得意分野で自分の能力を活かして働いてらっしゃる方は一杯おられると思います。
でも不器用な自分にはそれが難しいのです。


今となっては、母子家庭で2人も子育てしていると生きていくだけでも精一杯だったというのは分かりますし、働いて所得がなければ自分のやりたいこともままならない不自由というのも痛いほど感じております。


私は前職で合わない仕事でかなり消耗しておりました。「逃げ」るのが嫌いな母ですら退職を勧めたぐらいですから、相当ヤバかったのではないかと思います。


苦しい状況でも時には踏ん張ることも必要で、かといって踏み留まることが必ずしも良い選択と言えない時もあったりします。

そこの見分け方がかなり難しいところなんですが、「逃げ道」といった否定的な捉え方ではなく、「自分の鍛えたい能力」を伸ばせる環境を選ぶ気持ちで行く先を決めていくしかないと思うに至っております。