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夢は夢のまま

教科書もマニュアルもない人生という学校で、共に学び、支え合い、卒業を目指すためのブログ。

自分がいない世界

よくお話の世界で、タイムマシンで時間を遡って自分の両親が出会わないようにした場合、今の自分はどうなるかみたいなネタがある。

私の父親は酒に酔って暴れるどうしようもない人だったので、自分がもし時間を遡れるなら母の元に行って、
「そいつはやめとけ!」
と、何とでしても阻止してみたいと思ったことが何度かある。(お前誰やねんって言われるだろうけど)

私には兄がいるが、この場合想像なので一人っ子だったことにして、自分の試みが上手くいったとしたら、今の状況とどれくらい違っているだろうか。


確実に変わるのは両親の人生だろう。
別の相手と一緒になるかはさておき、子育てに取られる時間や苦労はなくなるだろう。

子育てにはただでさえお金ががかかるのに、子供に少しでも将来の可能性を残したいと思えば、習い事やら何やらでもっとお金がかかる。
その時間とお金で、別の人生を歩むことも可能だろう。


今まで生きて関わってきた友人、知人はどうか。
元から存在してない人のことを知るはずもないので、彼、彼女の中の友人、知人が一人減るだけだろう。
自分が通ってきた幼稚園、学校、あと就職先なんかは、自分の代わりに誰かが「繰り上げ当選」するだけだ。代わりにそこに入った人の人生は変わるだろう。


私が何かのスポーツで世界一の記録保持者だったり、文化の発展に貢献するような功績を残したりするような人物であったら、それがなくなっちゃう訳だからかなり影響は出そうだ。

しかし残念ながら(ホントに残念!)、誰かの生活に影響を及ぼすような結果を残した覚えはない。

せいぜい学校で表彰された絵やら習字やら、どこかの冊子に載ったイラストやら漫画を見て触発されて「私もやらねば!」と思う人が奇跡的にいたとしたら、影響してるとも言えるだろう。



私がいなきゃいないで今とそれほど変わらない世界になっているだろうと思う。

でも現実はこの世界の一部として存在している。
毎日時間に追われてポカしたり、しょっちゅう電車を寝過ごしたり、カラオケに行こうとして行きそびれたり、しょーもない内容のブログを書いたりしている。

この現実は変えられそうにないので、それを静かに受け入れて、生きている間に少しでも同じ時代を生きる誰かに活力を与えられるような人生を送れたらと思う。