正直に生きることの難しさ
ここ最近、ブログの記事が書けませんでした。
時間がなかったというのが主な理由ですが、正直なところ気分の落ち込みが激しくて、何事にもやる気が出なくなっていました。
仕事が忙しくて疲れ気味だったのかもしれませんが、何か大きな原因があったというより、自分の性格がネガティブな情報に反応しやすいということにあるのかもしれません。
相手によって態度がかなり違っていたり、陰で自分と合わない人の悪口ばかり言っている人がいるのを見ていると、一体どれくらいの人が他人に対して誠実に接しているのかが疑わしく感じられたりしました。
少し前に神奈川県座間市である事件がありましたね。
事件が事件なだけに、被害者の方の実名と顔写真を公開するのはいかがなものかと思っていましたが、名前と顔写真を見たら、この世に生きていた存在が一人、また一人といなくなったのだ、という実感が現れてきました。
今回の事件で考えさせられた、というよりショックだったのは、「心を偽っていた」ことかと思います。
自分の実名とか年齢とか、その他もろもろを明かしても明かさなくてもよいのです。
問題は、犯人が相手のことを理解しようとしているようなふうを装って相手に近づき、ただ自分の欲望を叶えただけというところです。
現実の世界だって皆が表の顔と裏の顔を持ってます。
相手に話したことの全てが本心とは限りません。
だから駆け引きとか、嘘やごまかしなどばかりして疲れるのだと思います。
私はあほたれだし、面倒くさがりなので、駆け引きばかりだと疲れるのにと思いますが、きっと自分にも少なからずそういう面はあり、人間である限り避けて通れない道なんだろうと思います。
少し前に美術館に行くことがありましたが、そこで絵を近くで見ていたカップルの男性の方が、
「こういう絵を描くなんて普通じゃないよね。頭がちょっとおかしいというか。」
みたいなことを彼女に言っていました。
「彼が「普通じゃない」とか言う絵を見に来てる私は何なんねん(@_@)」
とか思ったりしました。
彼の感想は彼なりの「正直な感想」であり、たまたまそばにいた私が「むむむ」と思っただけで、彼に同意する人もいるかもしれません。
冒頭に書いた態度に裏表がある人も、陰で悪口ばかり言っている人も、偽りのない姿といえばそう言えるのかもしれません。
「正直が一番」ということは言われてますが、それは状況によってどうにでも捉えられる複雑な話だと思います。
何でもかんでも私のように「裏の面」ばかりを見ていると、
「みんな嘘つきー!ばかー!」
っと、自暴自棄になってしまいます。
だから時にはそういうものから解放されて、素直に自分と向き合う場所が必要なんだと思います。
可能ならば一つだけでなく、絵でも小説などでも何でもよいので、心の拠り所をいくつも持っていると、心の危機が生じた時に乗り越えられる気がします。
今年も残り2週間弱となってしまいました。
自分なりにやれることを少しずつやっていこうかと思います。